「実家のこと、そろそろ考えないとな」
松本の街を歩いていて、ふとそんな思いがよぎる瞬間。あるいは、夜、布団に入ってから急に頭をかすめる感じ。
両親はまだ元気。でも、年を重ねていくのは確か。
空き家の話、相続の話、片づけの話。耳には入ってくるけれど、自分のこととしては、まだうまく飲み込めない。
このページにたどり着いた方は、たぶん、そんな「少しだけ気になり始めた」段階にいるんじゃないでしょうか。
先に結論だけ書きます。
今は、まだ何もしなくて大丈夫です。
このページでは、その理由と、それでも頭の片隅に置いておきたいことを、ゆっくり書きます。
「実家のこと、最近ふと考える」段階
実家じまい、終活、相続。ネットで検索すると、専門家の解説がいくらでも出てきます。
「早めに動きましょう」「先延ばしにすると大変です」──どれも間違いではないと思います。
ただ、読み終わったあと、なんとなく胸がざわざわしませんか。
急かされている気がする。決めなければいけない気がする。けれど、何から手をつけたらいいのか分からない。そもそも、親に「実家じまい」なんて言葉、切り出せる気がしない。
その感覚は、すごく自然だと思います。
考え始めたばかりの人が、いきなり段取りを組めるはずがない。むしろ、すぐに動き出せないほうが普通かもしれません。
私自身、自分の実家のことを考え始めて、なかなか手が動かないままでいます。だから、これを読んでいる方の気持ちが、なんとなくわかる気がしています。
松本という土地で、実家を持つということ
松本は、暮らしやすい街です。
北アルプスを背景に、夏は涼しく、冬は澄んだ空気が広がる。城下町としての歴史があって、商店街には昔ながらの店も残っています。
そういう土地で家を構えた親世代にとって、「ここで暮らし続けたい」という気持ちは、ごく自然なものだと思います。
ただ、松本市内でも空き家は静かに増えています。雪は多くない地域ですが、冬の冷え込みで家は傷みやすい。庭木は手入れがいる。長く住んだ家ほど、片づけるべきものは増えていく。
東京や名古屋など、県外で暮らしている方なら、なおさら重く感じるかもしれません。
距離があるぶん、「実家のこと」は考え始めると遠くなる。たまに帰省するたびに、両親が少しずつ年を取っていることに気づいて、何も言えないままに、また駅に向かう。
松本の良さを知っているからこそ、「いずれ来る日」のことを簡単には割り切れない。それは、土地への愛着がある証拠でもあると思います。
「実家じまい」という言葉に、急かされなくていい
「実家じまい」という言葉が広まったのは、ここ数年のことです。
空き家問題が社会的に注目されて、雑誌の特集やテレビでも頻繁に取り上げられるようになりました。情報が増えるのは良いことなんですが、同時に、読み手を不安にさせる側面もある気がしています。
「今動かないと、相続でもめる」「放置すると特定空き家に指定される」「税金が6倍になる」──こういう言葉に出会うたびに、心臓がきゅっと縮みます。
私も最初、いろんな記事を読みあさって、けっこう怖くなりました。
でも、よく読んでみると、それは「最悪のケース」を想定した話であることも少なくない。
知識として知っておくことは大切だと思います。ただ、知ったその日から動き出さなければいけない、というわけではない。
実家には、それぞれの事情があります。親の気持ち、家族の関係、土地の状況、自分の暮らし。全部を抱えながら、ゆっくり考えていけばいいんじゃないかな、と思っています。
まず、何もしなくていい理由
「何もしなくていい」と書くのは、無責任に聞こえるかもしれません。
でも、理由があります。
親がまだ元気なうちは、家は「生きている」
実家じまいというのは、基本的に「住む人がいなくなった家」をどうするか、という話です。
親がまだ暮らしている家は、空き家ではありません。日々、誰かが息をして、ご飯を作って、洗濯物を干している。その家には、まだ役割がある。
役割がある家を「じまい」する話を急ぐ必要は、ないと思うんです。
準備は「気持ちの整理」から始まる
物理的な片づけや手続きの前に、心の準備がいります。
実家を手放すというのは、「家」という物体を処分することではありません。育った場所、家族の思い出、親の人生の舞台を、整理する作業です。
これは、書類を集めるよりも、ずっと時間のかかること。
「ふと考える」段階にいること自体が、もう最初の一歩を踏み出している、ということなのかもしれません。
急いで動くと、後悔が残りやすい
業者に頼めば、片づけは数日で終わります。
けれど、急いで処分したアルバムや手紙、家具のことを、あとから思い出して涙する方は少なくないと聞きます。
「あれは取っておけばよかった」「もう一度見たかった」──そう感じるたびに、心が痛む。
時間をかけて選んだものは、悔いが残りにくい。実家じまいに限らず、人生のいろんな場面で言えることだと思います。
それでも、頭の片隅に置いておきたい3つのこと
「何もしなくていい」とは書きましたが、知っておくだけで気持ちが軽くなることもあります。
覚えておく必要はありません。「そういうものがあるんだな」と、頭の隅にしまっておけば十分です。
1. 実家の名義と権利関係
実家が誰の名義になっているか、わかりますか。
父親名義のまま、すでに亡くなった祖父名義のまま、というケースは意外と多いそうです。これは、いざという時に手続きを複雑にする要因になります。
今すぐ調べる必要はありません。ただ、いつか親と話す機会があったら、軽く聞いてみると安心かもしれません。
2. 兄弟姉妹との関係
実家のことは、いずれ家族全員の話になります。一人で抱え込む必要はありません。
むしろ、早い段階から「実家のこと、ちょっと気になってきた」と兄弟姉妹に伝えておくだけで、後の話し合いがずいぶん楽になる気がします。
決めなくていい。共有するだけでいい。
私もこの間、久しぶりに連絡を取った妹に、「最近、実家のこと考えるよね」と一言だけ書いて送ってみました。返事は「うん、考える」だけだったんですが、それだけで少し安心しました。
3. 自分の暮らしと体力
実家じまいは、最終的に「誰かが動く」必要のある作業です。
県外から通うのか、業者に任せるのか、移住も視野に入れるのか。選択肢は人それぞれ。
自分の今の暮らしと、5年後・10年後の体力を、ぼんやり想像してみる。それだけでも、見えてくるものがあると思います。
「いつか」のために、今日できる小さなこと
動かなくていい、と書きながら、何か一つだけ、今日からできることがあるとすれば──親との会話を少しだけ増やすこと、かなと思います。
「実家、どうしたい?」と直球で聞かなくていい。親にとっても、重い話題です。
代わりに、こんな話から始めてみてください。
- 「最近、庭の手入れ大変じゃない?」
- 「冬の雪かき、まだ自分でやってるの?」
- 「あの押入れの中、何が入ってるの?」
こうした日常会話の延長から、親の本音が少しずつ見えてきます。
「この家にいつまでいたいのか」「物への愛着はどこにあるのか」──答えは、案外、何気ない会話の中にあるものです。
それから、もう一つ。
自分の気持ちをメモに書いてみるのも、いいかもしれません。実家のことを考えるとき、自分は何を恐れているのか。何が悲しいのか。何を残したいのか。
誰にも見せる必要はありません。ただ書くだけで、頭の中がふっと軽くなります。
私もたまにやります。書いてみると、「ああ、私は片づけが怖いんじゃなくて、親が老いていくのが怖いんだな」とか、自分でも知らなかった気持ちが出てきて、ちょっと泣けたりします。
おわりに──ゆっくり整えていきましょう
実家じまいや終活という言葉は、どうしても「終わり」を連想させます。
けれど、本当はそうではないと思います。これは、これまでの暮らしと、これからの暮らしを、橋渡しする作業です。慌てて駆け抜けるものではなく、ゆっくり整えていくもの。
このサイト「信州くらし整理ノート」は、そんな「ゆっくり整えたい」方の傍らに置いていただけたら、と思って作っています。
情報を急いで詰め込むことはしません。決断を急かすこともしません。
松本で、長野で、信州のどこかで、これからの暮らしを考えるすべての方に、少しでも安心が届けばいいなと思っています。
もしいつか、空き家の解体まで考える日が来たら──松本市には最大50万円の解体補助金があります。今すぐ動かなくて大丈夫ですが、「そういう制度があるんだ」と頭の片隅に置いておくだけで、いざというときの気持ちが少し軽くなります。
